柔らかな白のヴェールを求めて
かわいいものを接種すると、その間のほんの一瞬間だけではあるが、頭の中に山積した嫌なイメージに柔らかな白のヴェールが掛かる。
つらく苦しいときほど人はかわいいものに触れるべきなのだ。
で、行きました。ヴェールで覆う為に。
第一印象からして鬱蒼としていて良い。
東京は息苦しい。いろいろなものが慌ただしく詰め込まれ過ぎているのだ。それに比べて金沢動物園のこの佇まいはどうだろう。どう贔屓目に見ても山じゃないか。
入り口から続くトンネルに据えられていた猫。えも言われぬかわいさを有している。
ぼくには確かな目的があった。
キリンやゾウなら上野でも見ることができる。金沢動物園には、ほかではあまりお目にかかれない「ある動物」がいるのだ。ある動物。それは、
寝てた。
多摩動物園のチューバッカくんが昨年天に召された為、東京近郊でウォンバットに会えるのは金沢動物園だけになってしまった。
コモンウォンバットのヒロキ。日陰で寝てたもんだからどこにいるのかさえよくわからなかったけれども、それでも随分かわいかった。以前チューバッカくんにお目にかかった時、彼はこれでもかと展示室内を動き回っていたが、むしろウォンバット本来の姿はこうであるのかもしれない。
そうそう、ついでにヒロキの家の前にあったオブジェもそこそこかわいかった。
顔がだるまみたい。かわいいんだろうか。たぶんかわいい。
ウォンバットは夜行性だ。こういう展開も織り込み済みである。
ウォンバットに対しては心の広いぼく。ぐうぐう眠っているヒロキに別れを告げ、その後はコアラのランチタイムを見るなどして園内を巡った。
これでもかというほど自然に塗れた場所。おまけに高台にあるので開けた所へ出ると素晴らしく景色が良い。
ほかの動物園では見たことがないくらい活発だったコアラ。こなれたかわいさがある。
自然塗れの場所から見下ろす町。現実と非現実の狭間にいるようでくらくらした。
昼過ぎに到着して、園内をぐるっと一周した頃には十六時を回っていた。
もう夢の時間が終わってしまう。そんなことを考えながら猫の据えられたトンネルを抜け、ぼくは金沢動物園をあとにした。
あれから一週間も経たない。なのにぼくの弱り切った心はまたかわいいものに飢えている。柔らかな白のヴェールを求めている。
また近いうちに金沢動物園を訪れなければ。そして願わくば次の機会にはヒロキが起きてくれているようにと思う。